− 天と地の愛 − 2025/09/01

 
  昨年の金光様のご葬儀の後、教主様がご挨拶されました。
「親のおかげをいただいて、祈りをいただいて本日まで生かさせていただきましたが、お礼が足りません。」と言われていました。
平成の間ずっとお祈りしてくださいました。そのおかげで、今月今日があります。
 私たちはみんな天地のお世話になって、心臓を動かしてくださり、呼吸ができて、そして食べたものがちゃんと出て大変なおかげをいただいてます。
信心の稽古というのは、そこに気付かせてもらうことだと思います。銀座の初代の先生が「おかげの事実」とよくおっしゃっていましたが、まさにそれです。
これは若い者でも、子供でもわかります。
おかげの事実というのは、大自然の恵み、私たちの生活が日々無事であること。
これは当たり前じゃないです。片一方が入院していたらできません。
できるということは、おかげの中で生活をさしてもらっているということです。
 私たちも結婚して50年になりますが、お互いにくたびれてしまって喧嘩もしないようになりました。
そんなことよりも、もっと互いに信心を進めさせてもらえるほうが大事です。
お礼不足だなと思うことがあります。夫婦の間でもお礼が足りません。
もっとお互いにお礼を言い合わせていただかないといけません。
こっちが変わらないことには相手が変わりません。
「なんで向こうは私を責めるのか。」それは自分が責めているからですよ。
必ずそういう原因があります。
お互いに喧嘩を売らない・買わんようにしていただきましょう。
相手を尊重して、拝ませてもらって、お互いを生かしていく。
皆様、忘れかけてきてませんか。いてくれるのが当たり前。そうじゃないと思います。元気なのはもっと当たり前じゃないです。
痛いことがあっても生きてる証拠ですから。
痛みを分け合って一つの信心をしてください。
幸せを分け合っていただく。それはつまり神様の愛を分け合うということです。
そうすればもっともっと痛みも取れます。
例えば薬飲んでいても、最終的には心の治療です。
 今月は霊祭もあります。御先祖様を忍ばせていただくことで、親のおかげ、天地の親様、そのお働きのおかげ、御先祖様のお働きのおかげで、私たちはこうして肉体をいただいていることを実感できます。
そして、御先祖様はお徳もあるけれども、めぐりもありますので、それをもらいましょう。
いいものだけを使わせていただいて、その悪いめぐりを使わないように、それをとっていただきますように、これが信心の稽古です。
稽古は何かといったら、悪いものをとっていただいて、ありがとうございますと言う数を増やすことです。
しっかりとお参りさせていただいて、痛い時、苦しい時にありがとうございますと、そういう気持ちになって神様を迎えるようになりましょう。
 
 
 (親先生のお話より)

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