あれも これも おかげ 2017.11.01

 今月は教祖様のお祭り、生神金光大神大祭が執り行われます。
 教祖様のみ教えに「物事に時節を待たず苦をすること」というみ教えがあります。
教祖様は農業をなさっておられたので、そういうみ教えが出たのでしょう。
「時節を待たず」とはどういう意味かというと、種を蒔いても芽が出るまで暇が要ります。
また、芽が出て茎が伸び、だんだん大きくなって作物が出来ていきますが、草を取ったり、肥料をやったりしなければ育ちません。
ほっておいては、草だらけになり、いい作物はできません。
ですから、「物事に時節を待たず苦をすること」と言っても、やはり、草を取ったり手入れをしなければならないわけです。
それがおかげを蒙るということです。

 時節を待つということは、ただ時間を待つということではありません。
時間を待つだけなら、信心をしなくてもいいと思っている人もいるでしょう。
待たずしておかげを頂くために、信心をするのだと言う人もいると思います。

 でも、神様は私たちの運命を変えて下さるのですから、すぐにはいきません。
体力のない者は丈夫にしてあげなければなりませんし、気力のない者には気力を充実させてあげなければなりません。
また、恵まれない者は恵まれるよう、徳をまわしてあげなければなりません。

 ですから暇がいるんです。
これが「おかげを頂く時節を待つ」ということです。

ベストのおかげをね。
おかげにも色々ありますが、目先の小さなおかげを追うよりも、立ち行くおかげ、助かるおかげを頂いて下さい。

 信心が進んでいったら、「良いことがあるから嬉しい、悪いことがあるから苦しい」ということはありません。
良いことがあろうとも、悪いことがあろうとも、有難い。時節を待っておれば、そのように頂けるのです。

 難儀なつらいことだと思っていたことが、後でおかげだったということがよくあります。
ようあの時、おかげにならなかったことだ。
あの時、すーっといっていたら今の私はない。
そんなことありませんか。
病気や、つらいことがあって信心を始めて、それがなかったら今の自分はない。
そう思うと、病気もおかげだったんだということです。

         (親先生のお話より)

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