「天地の道」 2015.10.01

  昨年は教祖様が御生誕されて二百年のお年柄でした。
一農夫だった教祖様が、家族や牛たちが次々亡くなり、最後は自分が病にかかる中で神様に気づかれてから、真の信心を一生懸命進めていかれ、万人が助かる信心をあみ出されたのです。
そして、幕末・明治・大正・昭和・平成と時代を越えて、今日、五代金光様まで続いておられます。
その教主金光様のお取次のおかげで私どもは助けていただいております。

 金光教が他の宗教と違うのは、「不浄」、「毒断て」「日柄・方角」を言わないことです。
昔、出産の時は不浄・穢れがあって神参りしてはいけない、とか、亡くなられた時は四十九日までは喪に服して神参りはいけない、と言われていましたが、教祖様はそれを止められたのです。

 天地を無視して我情我欲に惑い、道理に合わないことをすることが本当の「不浄・穢れ」だとおっしゃったのです。
出産したら天地のおかげでこの世に新しい生をいただいたのだから、尚お礼申さなければならないのです。
神様の御許から神様のおかげでこの世に生まれ、神様のおかげでお育ていただき、死ぬ時も神様のおかげで死んで、そして神様の御許へ還るのです。
だから死ぬ時でも、本来ならお赤飯を炊いて祝わなくてはならないくらいです。
本来私たちは無一物、裸で生まれてきたわけで、身体も神様から肉体をいただいているのです。
しいて、自分のものは何か、というと「我」くらいなものです。つまらない「我」ですが、後生大事に可愛がっている。
それを不浄とおっしゃったのです。

 それから「毒断て」。
健康なのに食事を断ったり、水を飲まないのも、神様が生かしてくださってるのだから、そういうことをしてはご無礼になります。

 最後は「日柄・方角」です。
良い日柄でも災難があったら良い事はありません。
方角も、こっちのほうが良いといっても神様からみたら悪いかもしれません。
東西南北、全部神様が守ってくださらなかったら困ります。

 今いろんな災害が起きておりますが、災害の前に私たちは本当に無力ですから、これを身にしみさせていただきましょう。
私たちはおかげさまで災害に遭っておりませんが、でもいつ遭うか分かりません。
危ない所には近づかないようにしてください。

 そして家庭円満、信心をみんなで分からせてもらう、それが一番です。
子どもや孫たちに信心の醍醐味を教えておいてあげることが大事です。

 (親先生のお話より)

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