「信心の花と実」 2015.09.01

 この頃の台風は大きいですが、私どもは無力ですから、台風を止める訳にもいかず、それこそどうにもなりません。
しっかりお縋りして、天地に置いていただかなければなりません。

 天地のことはそうですが、私どもの日々の生活についても、玉水の初代大先生は、『ほとんどうまくいかない、それが本当だ』と、おっしゃっています。
思うようになるのが不思議で、いかんのが本当なんだと。
皆様、思うようにいっているように勘違いしていますけれども、実際には、なかなか思うようにならないものです。

 ならどうすれば良いか。
それは天地のリズムに合わせていくしかないのです。
逆に自分に合わせているから、おかしくなってくるのです。
みんなが私のことを悪く言う、いつも皆にいじめられている、みんなが悪い、ロクなものはおらん、とこうなってくる。
それは自分にあわせようとするから、そうなるのです。

 だからこそ、天地に合わせさせて頂いて、神様の願われているところを少しでも分からせてもらう為に、信心を進めさせてもらうことが大事だと思います。
何事も神様にまかせれば全てが成就します。
一心にお縋りしていけば、必ず成就できるのです。

 ところが、そこに不純物が沢山入るから、私どもは迷うのです。
なんか自分ができそうな気がするのですが、それがいけないのです。
小手先で何とかやれるんじゃないかと勘違いするのです。また、自分が心配せにゃいけんと思って、力が無いのに余計な心配をするのです。

 植物にたとえるとよくわかります。
種を蒔いても、芽が出ないからといって、ドライヤーで暖めたりしてもだめです。
また、芽が出たからといって引っ張ったら、抜けてしまいます。
誰もそんなことはしないでしょう。
早く芽が出んかのう、と、じーっと待ちます。

 だけど皆さん、私どもの人生でも、「芽が出ん」いうて、おもいっきり引っ張るからいけないのです。
そうすると芽がつぶれてしまいます。
人生の芽がつぶれてしまう。
芽が出るまでじーっと待って、茎が伸びて葉っぱが大きくなって、花が咲くまで、じーっと待たないといけません。

 しかし、どんな花が咲くかは分かりません。
黄色い花が咲くと思っていたのに、白い花が咲いたりすると不足になる。
赤い花が咲くと思っていたら黄色だったり。
それは咲いてみるまで誰にも分からないのです。

 私どもは、誰でも人生の花を咲かすことができます。
しかし、「咲いた、咲いた」と喜んで、有頂天になって慢心して、花を散らせてしまう方が多い。
だからこそ、花が咲いた後、実を成らす信心をさせて頂きましょう。
銀座の先生は「花を咲かす人は多いけれど、実を成らす人は少ない。」とおっしゃっておられます。
実を成らせて、その実からまた新しい芽を出していただきたいと思います。

 (親先生のお話より)

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