神 業 2014.12.01 |
玉水の大先生は自他力の信心の話をされていますが、大先生も始めは、自分で信心されていたのでずいぶん苦労なさいました。 「自分が信心せねば、自分がおかげを受けなければ」と思って一生懸命やっていた、それは我だったわけです。 それに気付かれてからは他力の信心をされるようになりました。 これが真の信心です。 真の信心とは、神様とひとつになるということです。 また大先生は、私が死んだら真の信心をするように、と仰せられました。 『今は、みんな私の徳でおかげをいただいているけれども、それでは自分の信心をしてないことになるので、自分の信心をしっかりいただいて、神様をいただいて、真のおかげを受けてくれよ』と、言われたのです。 何でも他力の信心、お任せするのです。 気が付いたこと、心配事をお願いすると多少気持ちがスッとします。 最初ははっきりしたお願いではないですが、だんだんはっきりしたお願いにしてくださり、最後には、このお願いが真のお願いだと気付かせていただけます。 人間がなぜ病気をするかというと、病気をする事によって健康が分かるわけです。 だから、病気をしませんようにというお願いではなく、病気をしてもその病気に打ち勝つ力を頂かせてくださいと、お願いするのです。 「お参りさせてください」と願うのも、お参りだけではいけません。 このお道では家業の業が大事ですから、おのおのの家庭生活・社会生活を神様とともに過ごさせて頂きましょう。 日々の生活の中で、腹が立った時は我が出た時と思ってください。 そういう時に「我が力ですると思うな」と、気持ちを変えていかれると、腹が立ったり不足に思ったりしてもフッと思いを変えられます。 そうすると神様の力が出てまいりまして、問題が起こっても、後々うまくいくようになります。神様が良いようにしてくださる。 これが人間の業ではできない「神業」と言われるものです。 その神業を頂かせてもらうためには、私たちが真心を込めて神様にお願いし、お縋りしていくことが大切です。 願いも筋道の通ったお願い、世界が一つになってみんなが仲良く暮らせるように、そしてお互いに喜びあえるような生活ができるよう、そういう願いを立ててください。 心と身体は神様から頂いた道具であり、その心を使って身体を動かします。 心を使うにも「わしが」動かすから具合が悪いのです。 神様からいただいた魂をもっともっと成長させて、神心をもって動かしますと素晴らしい働きができるようになります。 神様のお心を頂いて心を育てていくと、肉体の健康もいただけます。 しっかり教えを聴かせていただき神心となる稽古をさせていただきましょう。 (親先生のお話より) |