「神 人」  2012. 4. 1発行

 玉水の初代大先生の信話集は、メグリの話と食べさせてもらうという事、神様に食べさせてもらわないと、どうにもならんという話が多いです。
もちろん、いろいろと話されてますが、大体この二つの話が多いです。
自分の力では食べられない。
神様に食べさせていただくという事と、メグリのおとりはらいです。
上手に言うておられるでしょう。

 きれいな水と汚い水が混ざったような状態ですから、いくらきれいな水を入れても、なんにもならないわけです。
まさに、メグリがあるというのは、そういう状況なのでしょう。

 お互いみな、いろんな事があります。
だから、引き寄せられている。
そう考えたら、物事がわかってくるわけです。
私達だけ特別におかげ下さると思われる方がいますが、「信心しないとやっぱり危ない」ということが、話を聞いたり、体験したりすることで分かることなんです。
どこか濁ってるんです。

 そのなかを草分けなさる初代の方は、なかなか大変だと思いますよ。
そりゃ覚悟しとかないといけないと思いますが、信心のおかげで、なんとかここまで生かして頂いて、借金を貯金に、マイナスのものをプラスに変えて頂く。
信心してお徳を頂いたら、自然に歯車が合うようになります。
やることをやっただけ、ちゃんと結果が出てくるようになります。
それまでがちょっと大変なのですが、神様に帳尻を合わせて頂いているんだと思います。

 大先生は「みんなは欲がない言うが、私には欲がある。助かりたいという欲がある。」と言っておられます。
我情我欲ではいけませんが、意欲、生きる欲、幸せになるという欲、悪いものを取ってもらう、借金を貯金に変えてもらうという欲は、ないといけんと言っておられる。
だから、私共も幸せになりたいという欲は、しっかり持たないといけません。
ここは大事なところですね。
意欲を持たないと、生きていかれませんから。
幸せになろうと思って生きていく。
そして皆さん、助かりたいですね。
毎日苦しんでいたら、何しても一緒です。
助かって頂きたいと思います。

 「助かり」とは何でしょうか。
それは神様と一つになることじゃないでしょうか。
しかし、パッと一つにはならんと思うんです。
時々ちょっと接触する、その時が有難いですね。
その接触する回数が多いほど有難い。
そして最後には一つになる。
神様と一つになることが、私共の最後の大きな目標です。

(親先生のお話より)

教話:高須教会長 安部孝次郎先生