「神のモニター」  2012. 2. 1発行

 私共は、自分の目で世の中を見ていますが、これはモニターで、見たものが神様の世界へ送られています。
今風に言うと、まさに私たち一人一人が端末機で、神様というメインコンピューターに通じているわけです。
だから一挙手一役足、みなモニターで見られているわけです。
見抜き見通しですから、私共は己をごまかすことは絶対できないのです。

 玉水の初代大先生が言っておられますが、『人間というのは信心をせにゃならん』身体になっているのでしょう。
メインコンピューターの指示に従わなかったら、生きていけないでしょう。
端末機のボタンを間違って押していたら誤動作をします。
だから、メインコンピューターに「信心をいたします」というサインを出してスイッチをオンしないと正しく動きません。
どのように生きていても、メインコンピューターのスイッチが入らないと、私共の手元におかげは来ないわけです。
それは、どんなおかげかと言うと、命が生きるということです。

 「命が生きる」とは、生きた神になるということです。
まさに、みんな神の子。
だから、辛いとか苦しいとか生活の中であるでしょうし、現実を見ると、とても目を背けたくなるような事もあります。
しかし、みな神の氏子であるという事が分かれば、ちょっとは気持ちも明るくなるでしょう。

悪いこともあるかもしれませんが、皆が神の氏子であると気がついていないから、いがみ合うようになるんです。
要らんことがいっぱいあるんです。
要らんことを取れば、みんな幸せになれます。
信心って、そういう事なんでしょう。
すべての不純物をみな取ってしまえば、「神」しかないんだということです。

 私共も、元々神様を持ったまま生まれて来るんですが、段々と汚れてくるんです。
だから皆さん、不純物を取る稽古をしましょう。
何か変わった事をするんじゃないのです。
我が心の神に目覚めるわけです。
そして、段々と信心が進んで生まれ変わり、心の不純物を取る稽古をして、ますます神様に近づいていく。

 私共は、どこまで生きられるか分かりませんが、どうぞ間違いのないように、良いまつりごとをしていただきたいと思うのです。
家庭でもそうだし、私共の日本もそうだし、世界の国が良いまつりごとをして頂いて、最後には一つになって頂きたい。

 世界真の平和達成、総氏子身の上安全というのは、神様の願いです。
どうぞ、それに沿っていかれるような御用をさせて頂きたいと思います。

(親先生のお話より)

教話:高須教会長 安部孝次郎先生