「正 眼」  2009. 8. 1発行

 神様がお造りになっているこの世界は、全て神様の御物です。

だから、おかげを下さいと願えば、下さいます。

神様は、おかげを受けよと言うて下さっている。

神様は親神様ですから、氏子である私達におかげを渡したくていけないのです。

 しかし、私共がかけている眼鏡の色がいろいろだから、結果的に色々に見えているわけです。

色眼鏡をかけて景色を見たら、景色に色がついて見えますね。

それと同じように、「この世は地獄じゃ」と言う人がいますが、そのような眼鏡をかけて見ているからです。

 中には、赤信号が青く見える人もいます。

そして、大事故になったりする。ある人は 「だから気をつけています。

近頃は、青信号の時でも徐行するようにしています。」と言われます。これが「改まり」ですね。

私は「結構です。だから早く色眼鏡を取りなさい。そして、洗いなさい。」と言いました。

赤が青く見える状態が「徳切れ」ですから。

 私たちの中には、お参りしても話を聞かずに居眠りしている人もある。

こういう義理の参り方の人もあるようです。

でも神様は、こういう「形ばかりの信心」でも、おかげを下っています。

しかし、これでは本当の助かりは頂けませんよ。

改まりがないと、自分が変わらない。だから助からない。

 なかには「神様は意地悪だ。私を苦しめてぱかりおられる。」と、思われている人もいるでしょう。

「参っても参っても良い事は一つもない。」「参っても次から次へと辛いことばかりじゃ。」と嘆いている。

ついには「こんな社会はない。」と思い違いをして、世の中を恨んでしまう。

 だから私共は、そう見える色眼鏡を取って、「正眼」を開くように勉強していかないといけないのです。

正眼を開き、間違った目で見ないように、勉強中なのです。

 神様が間違われる訳がない。私共が間違っているのです。

でも、信心の無い人は、「神様の方が間違っておられる。」と思うでしょうが、信心させて頂いている者は、「神拝が申されることが本当じゃ。」と思っています。

が、皆さんは分かっていても実践しない。

だから、せっかくお参りをしていても、なかなか幸せにはなられない。

何をしておられるのでしょうね。

モタモタしていたのではいけませんよ。

 私共は天地の神様を信仰させて頂いています。

天地の神は、この世にある一切の物を統合された神様ですから、最高の神です。

私共は天地宇宙を崇拝しているのです。

だから、迷うことは要りません。

          (親先生のお話より)

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