いざ 2007. 3. 1発行 |
「苦しい時は幸せの門出である。」という話は先代先生の一貫した教えです。 私共は、やる気のスイッチがなかなか入りにくいですが、風呂水でも「生ぬるい温度」というのは分かりにくいのと同じく、激しい刺激的なショックを受けないと気付かないものです。 ですから辛いことに出会った時には「私の考え方は甘かった、足りなかったなあ」と思わせて頂くことです。 「難あれば喜べ、苦あれば喜べ。」という教えを身体で覚えさせて頂くことが大切です。 何の問題も無く良い調子に毎日を過ごしている人が、いったん崩れた時は、心の用意ができていないので怖いです。 私共は「いざ!」という時の用意ができているので怖くありません。 普段は外見からは分かりませんが、信心している人は、そこが強いのです。 こうして日々お参りして稽古をしているのは、病気や怪我、経済的問題など難儀なことが起きた時の防災対策です。 自己主義が信心の敵です。 常に「あいよかけよで共に生きる。」という考え方を持って下さい。 親子喧嘩をして恨みあっていては子供がかわいそうです。 人を恨んでいては幸せにはなれません。 教祖様は「たらいの水で合点せよ。」とおっしゃっています。 これが金光教流の考え方であり、教えの一番のところです。 私共は幸せになりたいと思うのであれば、自分のことは後回しにして、先ず人々の喜ぶことを実践して下さい。 そうすると自分のことは神様がして下さいます。 自己主義の人は、自分は与えないで他人の恵みを当てにすることばかり考え、思い通りにならないと他人を恨んで責めることになります。 もっと視野を広くして、前向きに大きな気持ちになることが「助かる」ということであると思います。 目先のことでいろいろ思い悩まず「たらいの水で合点せよ。」の思いで、しっかり前向きに押し進んで行けば、必ずこちらの方に向けて返って来ます。 そして必ず喜ばせて頂けるようになります。 これはいろいろな所に応用できる教えです。 (親先生のお話より) 前ページへ戻る |