天 地  2005. 2. 1発行

 人間は生きても死にても永遠にこの天地の中から抜け出ることはできません。

だからこそ、しっかりと神様の広大なご加護を頂く事が必要です。

 私共は、後継者のことや夫婦・家族のことなどいろいろな問題に悩まされています。

しかし私共は「天地という偉大な方を相手にしているのですから本当は何も問題は無いはずなのです。

 大先生は「何も要りません。

我が心に信心を頂いているならば、神様は生命も助けてくださるし、全てのことを助けてくださいます。」と言われています。

 私共は「無い」ところから、こうして湧き出てきて、また死んでしまう訳で、はかないものです。

でも、この世に生まれさせて頂いて神様から「何かを分かってほしい」と言われているのです。

 神様は人間に「みんな仲良くして、この地球を治めなさい」と、いろいろな能力を託してくださっているのでしょう。

 しかし人間はなかなか共存共栄が出来ていません。

いつもどこかで争って平和を壊しています。

神様から頂いた優れた知恵や能力を充分に生かしていない。

自分の都合の良いようにだけ働いて自己中心だから苦しいのです。

 神様はこの状態を悲しく思われて「気付いて欲しい」と言ってくださっているのに、なかなか気が付かない。

 信心を頂いていると、こういうことを教えられますから、少々性格が悪くても、体が不自由であっても、そんなことは気にしなくても良いのです。

信心させて頂くと、たとえお金が無くてもおかげが頂けます。

 金が無い人は、お金が残るように生活を改善すれば良いのです。

「無い無い」と言ってないで、全てを生かすような生き方をすれば良いのです。

 でもお金だけを生かして他の事を殺してしまうから、お粗末になるのです。

 親奥様は「火の車、造る大工は居らねども、己が造りて己が乗りゆく」と、よく申されていました。

これが前々のめぐり合わせで難を受けている姿なのです。

 誰も天地の世話にならない人はおりません。

この偉大なる天地教を、しっかり信奉させて頂いて、生きた神様を表していきたいものです。

 大先生は「信心があれば生命は要らん。」と言われております。

しかし死んでは信心もできませんから、私共は生きている間に、しっかりと信心の稽古をさせて頂いて、死んでも神様に祀られるように、生きた神様をしっかりと頂いていきたいと思います。

 それにはまず、今は生きることをしっかりとしてください。

ここまで生かして頂いたことは有り難いことです。まずそのことを喜ばないといけません。

 「信心をすれば全てが自由になる。」と言われていますようにW徳WやW富Wがついて来るのです。神様を頂いたら要るものがついて来ます。

 ご用をしていたら神様はいろいろ道具を揃えてくださいます。

WこのようにしたいWと思うように神様はしてくださるのです。

だがWそのようにして頂けないWのは、私共がそこに気付いていないからか、私共にその気が無いからでしょう。

 私共は口ばかりで行動が足りないのだと思います。

案外後戻りをしていることがありますから、不足を言わないことです。

 人の様子をみてうらやましがる人も居られますが、その人相応が一番良いのです。

人をうらやましがってばかりいると、その世の中は腹が立つことばかりです。

 まず幸せになるためにも、この世の中のことをしっかりと見据えさせて頂いて、しっかりと喜ばせて頂くように稽古をさせて頂きましょう。


     (親先生のお話より)

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