− 天地の真理 − 2025/10/01

 
 天地のことは私達の常識では考えられないです。
産業革命以来、人間は炭酸ガスを出してきました。
そのために、現在、夏は体が焼き付くような暑さです。
また地震や、大雨など自然災害も多く発生しております。
信仰的には「乞い願う」しかありません。
私達には力がないのですから、いくら対策を講じても鉄砲水がくれば、家ごと流されてしまいどうすることもできません。
なんでも身の上安全をお願いし、おすがりし、乞い願うしかありません。
雨が降っても降らなくても、それは天地のご都合なのです。
 私達は一人では生きていけないので、ご家族、ご近所のお友達、また練信場などで、横のつながりを強めて何かあった時には助け合いをさせて頂きましょう。
そういう生活に根ざした信心の展開、信仰を求めさせて頂きたいと思います。
今までは一人信心が多かったですが、これからはみんなの力を頂いて、絆を深めていって、何かあっても安心、安全のおかげが頂けるようになってほしいと思います。
それが私達のやるべきことだと思います。
 神様は私達を助けて下さるけれど、私達は信心をするという御用があるのです。
その信心とは、神様の氏子であるということを自覚することです。
神様のたましい、分け霊を頂いているのですから、神の子として生きさせて頂くことが信心生活だと思います。
神様の思し召しに添うて行く以外ないわけです。
私達は願いが成就すればいいと思っていますが、そんなものではありません。
神様が分かるということ、要するに「天地の真実が分かる」ということなのです。
玉水の大先生、銀座の初代先生は、おかげの事実が分かればみんな助かるのだと仰っています。
 皆さんは絶対に幸せになります。不幸などありません。私はそれを信じております。
皆さん、しっかりお話を聞いて頂いて、「喜ぶ」ということに気が付かなければなりません。
中には、生きることはしんどいばっかりで喜べないという人もいるかもしれません。
人間の考えで言えばそうでしょう。でも、喜ばざるを得ないのですよ。
なぜなら、神様が命を私達にレンタルして下さっているのですから。
それで生きているのですから。苦しい事もつらい事も、生きているからこそです。
命を頂いているということを喜ばねばというより、喜ばざるを得ないということです。
お礼を言うしかないのです。これが抜けているために、お礼を言っているようでも、ちょっとことが起きるとひっくり返って、不足になるのです。
口先だけでなく、「ありがとうございます」を稽古して下さい。していたら段々と体の中からにじみ出てきます。
そして、ある日突然、ふと喜びが湧き出てきます。いくら正しい事を言っても、みんながむつかしい顔をして悩んだら正しいことにはなりません。
みんながにこにこして、喜んでくれているのが一番正しいのです。
 協調のおかげ、それが栄えるおかげになるのです。協調、共栄ということです。
どうぞ家庭の中でも、みんなが拝み合い、神様に生かされていることをお礼申し上げ、お互いに喜び合う生活をしましょう。


 (親先生のお話より)

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