− 汗 − 2022/07/01

 
 教会では「かいた汗の量だけおかげになる」とお話させていただいています。
汗は「塩水」ですから、体を清め、心を清め、魂を清めてくださる訳です。
そして、魂が磨かれれば徳と力を頂いて、もっと恵まれてきます。

 同じ信心をするのなら、元気な心でしっかり信心させていただいて、徳と力を頂いてまいりたいと思います。
 私達が気を付けないといけないのは、罪穢れは自分で作ることが多いということです。
我が心で我が身を生かすこともあり、殺すこともある。まさに教祖の教えです。

 「火の車 作る大工はおらねども 己が作りて 己が乗り行く」これは先代親奥様のお言葉です。
お話の時に「カチカチ山」と、良く言っておられました。
お尻に火が点いて、誰が点けたんか言うて走りまくるんですが、それは自分が点けたのです。

 そういう風に、罪穢れというものはご先祖のメグリもあるでしょうが、自分自身が作っていくのであって、改まらせていただくことが大事です。

 私達は鬼になったり、狸になったり、狐になったり、いろんな心が出てきますが、一番良いのは神心ですね。神様のお心を私達が頂いていくことが、信心の稽古であると思います。
いろんな心が出てきますが、その心に負けず、体を使い心を使って魂を磨く稽古をさせていただきましょう。

 魂は直接磨かれません。
心を磨くことで自然にだんだんと磨かれてきます。
痛い事やつらい事や苦しい事を通して辛抱していたら、だんだんと知らず知らず切磋琢磨されて私どもの魂が磨かれてお徳を頂けるのです。

 玉水の初代大先生は、一日一日をいつも反省しておられたそうです。
今日は良かったかどうか、自分がちゃんとできたか、自分の思うようになったか、ということを休まれる前に必ずもういっぺんご祈念なさっておられたそうです。

 一日一日、一分一秒が命を頂いているのです。
十年生きたとか言いますけれども、一分一秒の積み重ねです。
どうぞ皆さんこれが病気を治すコツです。
これが分かったらだいたいのものは治ります。
息が出来ていることが大変なおかげなのです。

 頑張って汗を流させていただいて、みんな共々に幸せにならせていただきたいと思います。


 (親先生のお話より)

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